九鬼町・真厳寺のナギ

マキ科/ナギ

漁村特有の狭い通路を登った高い位置に真巌寺がある。この寺の本堂と墓地の間には幹周囲324cm、樹高15.5mの大きいナギがあり、高さ5m付近から一度折れたか3幹になっている。熊野灘沿岸地方には神社や寺院にはナギがよく植えられている。

その場所が目立つところに一本あるので、霊力のある木として植栽されたものであろう。特に漁村地帯では「海が凪(な)ぐ」の縁起から植えられることが多い。

この九鬼の地は熊野水軍発祥の地。佐倉の中将藤原隆信が正平元年(1346)家臣の反逆で九鬼に落ち延び、地名の九鬼から九鬼氏が誕生した。平安から戦国時代にかけて、熊野灘から伊勢湾一帯、遠くは海外にまでその名を轟かせた熊野水軍。その統率者が九鬼氏であった。九鬼城から居城を鳥羽へ移し鳥羽城主になった九鬼大隅守嘉隆(くきおおすみのかみよしたか)は、最大の戦艦「日本丸」を操っている。

いま「九鬼」は漁港のまち。野口雨情の九鬼新小唄では「九鬼の港は八鬼山下の忘れられよか鰤(ぶり)どころ」と唄われる。