河合小学校のセンダン

スンダン科/センダン

明治22年(1889)に8村が合併して、河合村が発足した。小学校の名はこの時の村名。今の地に小学校が移ったのは明治41年だった。この時、校庭には色々な木が記念植樹された。近くの金台寺からは、2本のセンダンが、青年団の出会い作業で移植された。

昭和27年、中学校が隣接してできたが、運動場は共用するため、拡張されることになった。そのため、これまであった植栽木は伐採されることになったが、この中で、1本の大きなセンダンは、運動場の中ではあるが、これまで、ここで学んだ卒業生の「想い出の木」として残されることになった。今、このセンダンは幹周囲474cm、樹高11.5m。地上2-4mで多幹になり、枝をよこに広げる。センダンの県内一の太さである。昭和61年には町の天然記念物になっている。

  西行法師の『選集抄』から始まったとされる「栴檀(せんだん)は双葉より芳しく梅花はつぼめるに香りあり」の諺がある。実は、この栴檀の中国名はビャクダン科のビャクダンであって、わが国ではこの字をセンダンにあて間違えたため、このセンダンには香りはない。