石橋のエノキ
ニレ科/エノキ
昭和41年、朝倉書店から刊行された矢頭献一・岩田利治著の図説樹木学には「エノキの樹幹」として「石橋のエノキ」の写真が載っている。付近に木の無い雲出川堤防に、この木が一本だけそびえるので、古くからよく目立つ木であった。また、近鉄大阪線の電車からもよく見える木である。いま、この木は幹周囲496cm。樹高16m。およそ高さ3m付近で10幹立ち。
かつて、大正10年から昭和18年までの間、ここには「中勢軽便鉄道」の石橋駅があった。当時、この駅では乗客のほか貨物も運ばれた。養蚕の盛んな地帯でもあったで、桑畑用の魚カス肥料が、駅の引込み線を利用して多く降ろされた。地元ではこの木をヨノミと呼ぶ。夏には格好の木陰を提供してくれる。駅のあった頃も木陰用の木であったらしい。
この「中勢軽便鉄道」は最終的には岩田橋駅から伊勢川口駅まで路線距離20.6kmを走った。部分的には明治41年に営業を始めており、煙突が妙に細長い蒸気機関車「キ22号」に引かれた。この軽便鉄道は宮尾登美子著の『伽羅(きゃら)の香り』でも登場する。